内科編
診断と治療
- 座 長
- 家子 正裕 先生(岩手県立中部病院 臨床検査科・血液内科 臨床検査科長)
- 演 者
- 森下 英理子 先生(金沢大学大学院 医学系研究科病態検査学 教授)
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先天性アンチトロンビン欠乏症 ~はじめに~
止血系である血小板と凝固因子は血中に過剰に存在しており、半減しても出血などの症状は生じない。一方、凝固阻止系であるアンチトロンビン(AT)およびプロテインC(PC)、プロテインS(PS)は必要最小限しか存在せず、半減すれば血栓症が生じやすくなる。血栓症の誘発因子としては妊娠が多く、他に不動や感染症などがある。
AT欠乏症はI型とII型に分類され、II型にはさらに3つのサブタイプがある(表1)。日本人でのAT欠乏症の発生頻度は0.15%と低いものの、I型では静脈血栓塞栓症(VTE)発症のリスク率が極めて高い(表2)。

AT:アンチトロンビン HBS:ヘパリン結合部位 PE:多面的効果 RS:反応部位
*:ヘパリンコファクター活性を示す。
**:進行性トロンビン活性(ヘパリンを添加せずに、抗トロンビン活性を測定する方法)は正常を示す。

1)Sakata T, et al. J Thromb Haemost.2004;2:1012-1013.
2)Sakata T, et al. J Thromb Haemost.2004;2:528-530.
3)Kimura R, et al. Blood.2006;107:1737-1738.
診断の手順・ポイント
成人遺伝性血栓性素因の診断チャートを図1に示した。原因検索が必要なケースに、若年性(40歳以下)や再発性の血栓症が挙げられる。また、家族が先天性AT欠乏症を有している場合も多く、家族歴も診断の参考になる。スクリーニングとして血液検査と画像検査を行うが、このときに鑑別すべき疾患として、第一に抗リン脂質抗体症候群(APS)が挙げられる。
次にAT、PC、PSの活性測定を行い、基準値の下限値未満の場合にはそれぞれの欠乏症を疑う。ここではAT活性測定のポイントを以下に示す。
- 血栓症の急性期には凝固制御因子活性が低下しているため、活性測定は繰り返し行う
- 小児は肝臓が未発達のため、成人に比べて活性値が低下していることを念頭におく
- 後天的に活性が低下する病態と薬剤を十分理解しておく
- 直接経口抗凝固薬(DOAC)内服時は、AT活性が偽高値となる場合がある
- 用いている活性測定法の特性を理解しておく
- 家系内に活性低下が観察されることは、診断する際の重要な事項となる
また、活性測定にあたって理解しておくべき「後天的にAT・PC・PS活性に影響する病態・薬剤」(図2)に留意し、後天的な活性低下を示す病態を除外した後、遺伝学的検査で変異が同定されると診断が確定する。
なお「若年性(40歳以下)」と述べたが、当研究室で遺伝子解析を実施し変異部位が同定されている196例を対象として調査した。結果、AT欠乏症による血栓症の初発年齢の中央値は30歳、ピークは20代であった(図3)。同じ調査での臨床症状は、いずれの欠乏症でも深部静脈血栓症(DVT)と肺血栓塞栓症(PE)が約半数を占め、その他に脳静脈洞血栓症や動脈血栓症(特に脳梗塞)などがみられた。

AT:アンチトロンビン
PC:プロテインC
PS:プロティンS
β2-GPI:β2-グリコプロテインI
*小児の場合は、さらに異なる鑑別疾患があり
南江堂, 東京, 2019:258-261.

![遺伝性血栓性素因の年齢分布[金沢大学大学院 医学系研究科病態検査学講座における遺伝子解析の結果]](img/img_05.png)
先天性AT欠乏症の血栓症発症後の治療
治療法について以下に示す。
- 急性期では、重症度に応じて抗凝固療法(ヘパリン類、DOAC)、線溶療法、血栓吸引療法などを実施する。必要に応じて補充療法としてAT製剤を使用する
- 慢性期では、再発予防として抗凝固薬(ワルファリン、DOAC)の長期投与(少なくとも3ヵ月)を行う
- 内服期間は、誘発因子の存在、血栓症の既往歴、欠乏症のタイプなどを総合的に考慮して決定する
家系内解析、遺伝子解析の必要性
先天性AT欠乏症は血栓症リスクの極めて高い遺伝性血栓性素因であり、家系内解析は血栓症予防の観点からも重要である。図4に示す通り、変異を有する保因者を特定することで、血栓を防ぐための指導など対策を講じることができる。
また先天性AT欠乏症のII型の亜型分類に際して、遺伝子解析の結果が有用な場合がある。したがって、可能であれば遺伝子解析の実施を推奨する。遺伝子解析は令和2年度の診療報酬改定で保険適用となっている。

内科編
トピック〈健常成人におけるAT活性基準値設定の試み〉
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AT活性基準値の現状
先天性AT欠乏症では検査所見も重要であり、特発性血栓症の診断基準(表1)には「血漿中のAT活性が成人の基準値の下限値未満」「それぞれの測定法での基準値に準拠」との記載がある。では「それぞれの測定法の基準値」とはどのような値だろうか。実は、臨床検査センターや検査試薬の会社によって採用している基準値が異なる。2022年8月に確認したところ、AT活性基準値の下限は75~83%、上限が118~132%と差が大きかった。例えば、AT活性測定法のうちXa阻害法に用いられる試薬は2種類あるが、同じ試薬を用いている施設でも、基準値の範囲が異なっているのが現状である。
<診断基準> Definite、Probableを対象とする。
年齢に応じて好発する症状に差がみられる。
-
新生児・乳児期(0~1歳未満)
胎児脳室拡大(水頭症)、新生児脳出血・梗塞、脳静脈洞血栓症、電撃性紫斑病、硝子体出血。
皮膚の出血斑、血尿などがしばしばみられる。 -
小児期(1歳以上18歳未満)・成人(18歳以上)
静脈血栓塞栓症(深部静脈血栓症、肺塞栓症、脳静脈洞血栓症、上腸間膜静脈血栓症など)、動脈血栓症(脳梗塞など)。
小児期では、脳出血・梗塞で発症する割合が多い。
成人女性では、習慣流産を来す場合もある。
※長時間不動、外傷、手術侵襲、感染症、脱水、妊娠・出産、女性ホルモン剤服用などが発症の誘因となることがある。 ※症状には、CT、MRI、超音波等の画像検査にて確認された無症候性のものも含む。

- 血漿中のPC活性が成人の基準値の下限値未満
- 血漿中のPS活性が成人の基準値の下限値未満
- 血漿中のAT活性が成人の基準値の下限値未満
※いずれの活性についても、それぞれの測定法での基準値に準拠する。 ※18歳未満の症例については、年齢別下限値(表)を参照する。 ※複数回測定にて、ビタミンK拮抗薬服用、肝機能障害、妊娠、女性ホルモン剤使用、ネフローゼ症候群、血栓症の発症急性期、感染症などによる二次的活性低下を除外する。 ※ビタミンK欠乏(特に新生児・乳児)と消費性凝固障害による影響を考慮して判断するために各活性測定時に、FVII活性及びPIVKAIIを同時に測定することが望ましい。
PC、PS、AT欠乏症以外の遺伝性血栓性素因に伴う血栓傾向および血小板の異常(骨髄増殖性腫瘍など)、血管障害、血流障害、抗リン脂質抗体症候群、悪性腫瘍など。
新生児期~小児期では、更に以下の疾患を鑑別する。 新生児期:仮死、呼吸窮迫症候群、母体糖尿病、壊死性腸炎、新生児抗リン脂質抗体症候群など。 乳児期・小児期:川崎病、心不全、糖尿病、鎌状貧血、サラセミアなど。
AT遺伝子(SERPINC1)、PC遺伝子(PROC)、PS遺伝子(PROS1)のいずれかに病因となる変異が同定されること。
- 若年性(40歳以下)発症
- 繰り返す再発(特に適切な抗凝固療法や補充療法中の再発)
- まれな部位(脳静脈洞、上腸間膜静脈など)での血栓症発症
- 発端者と同様の症状を示す患者が家系内に1名以上存在
<診断のカテゴリー>
Definite:Aの1項目以上+Bの1項目以上を満たし、Cを除外し、Dを満たすもの
Probable:Aの1項目以上+Bの1項目以上を満たし、Cを除外し、Eの2項目以上を満たすもの
Possible:Aの1項目以上+Bの1項目以上を満たし、Cを除外したもの
厚生労働省:平成29年 4月1日施行の指定難病(新規・更新)特発性血栓症(遺伝性血栓性素因よるものに限る。)
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000085261.html
(最終閲覧日:2024年3月22日)
AT活性測定試薬の標準化
前述の背景から、日本血栓止血学会と日本検査血液学会が中心となり、各AT活性測定試薬の標準化(ハーモナイゼーション)と基準値の設定を試みている1)。市販AT欠乏血漿と市販標準血漿を混和して5濃度のサーベイランス試料を作製し、AT国際標準品を用いて基準検量線を決定した。参加した11施設で7種類の試薬を用いてサーベイランス試料を測定し、測定結果と基準検量線から試薬ごとの換算式を求めた。換算式(表2)のXに各試薬でのAT活性実測値を代入すると、ハーモナイズされたAT活性換算値をYとして得られる。

Y:ハーモナイズされたAT活性換算値
X:各測定試薬でのAT活性実測値
AT活性基準値設定の試み
次いでAT活性基準値設定の算出を健常成人214例、先天性AT欠乏症患者(以下、患者)78例で試みた表3)。その結果、健常成人では平均値±SDは105.4±10.1%となった[表4-1)]。その平均値±2SDでは85.2~125.6%となり、AT活性基準値の候補として考えられた。
しかし、同様に患者で得られたAT活性値の平均値±SDは50.0%±9.0%となった[表4-2)]。その平均値±2SDでは32.0~68.0%となる。そのため、健常成人の基準値候補となった下限値(85.2%)と患者で得られた上限値(68.0%)の区間[68.1~85.1%]が大きなグレーゾーンとなる。
そこで、健常成人と患者ともに平均値±3SDでAT活性値の範囲を求めたところ、健常成人では75.1~135.7%、患者では23.0~77.0%となり、グレーゾーンはほとんど解消した。
このことから、下記の通りにまとまる。
- 日本人における健常成人のAT活性基準値は85.2~125.6%(平均値±2SD)
- 先天性AT欠乏症患者を考慮した健常成人のAT活性値の臨床的カットオフ値(病態識別値)は75.1%(平均値-3SD)
つまり、診断基準に記載のある「血漿中のAT活性が成人の基準値の下限値未満」を、「AT活性75%以下」と判断することを提案する。
現在、「AT活性基準値を医療施設に周知できていない」「臨床検査センターでの採用も簡単ではない」「各試薬の換算式に関する啓発が難しい」といった問題があるため、われわれが得た基準値と臨床的カットオフ値を周知する活動を着実に進める予定である。
各施設において健常成人血漿、延べ214例のAT活性を測定した。この測定値を基に基準検量線との換算式による試薬間ハーモナイズを施行し、健常成人のAT活性基準値算出を試みた。(年齢:22~67歳、男性126人、女性88人)
先天性AT欠乏症患者血漿:左記同様に、各施設において、I型欠乏症患者(遺伝子異常が確認された症例を優先)を中心に、延べ78例のAT活性を測定した。(年齢:18~73歳、男性32例、女性46例)

*:基準検量線と各試薬の相関性から得た換算式で求めた (Kolmogorov-Smirnov
test:p=0.436)
**:換算データの平均値±2SDから外れ値を除外したデータ(N=205)から求めた (Kolmogorov-Smirnov test:p=0.458)

*:基準検量線と各試薬の相関性から得た換算式で求めた (Kolmogorov-Smirnov
test:p=0.216)
**:換算データの平均値±2SDから外れ値を除外したデータから求めた (Kolmogorov-Smirnov test:p=0.200)
参考文献
- 家子正裕ほか. 日本検査血液学会雑誌.2021;22(1):129-135.